こんにちは,橋山研 博士後期課程3年の松原です.

今年の日本シリーズは熱いですね!!!
執筆時点(11/26)ではオリックス・バファローズか東京ヤクルトスワローズどちらが優勝するかわかりませんが,どちらが優勝しても泣いちゃいそうです笑

今回は,私たちの感情がなぜ揺さぶられるのか?という疑問について「物語」という切り口から見ていきます.


目次

  1. はじめに
  2. 「物語」の定義
  3. 物語の分析の仕方
  4. 不安につけ入る物語,そしてプロパガンダ
  5. おわりに
  6. 参考文献



はじめに

私たちは日々さまざまな物語に囲まれて暮らしています.

それはドラマや映画,アニメの物語だったり,あるいはスポーツやニュースの物語であったり,時には社会と家族,そして自分自身について,人は「物語る」ことを日々繰り返しています.

ここからは,「物語」に関する研究について,ごく一部ですが取り上げようと思います.

「物語」の定義

私たちは,普段から「物語」という言葉を使っていますが,「物語とは何か?」と突然問われると,案外説明が難しいかもしれません.

日本だと,「『起承転結』のあるもの」なんて説明を聞いたことがあるかもしれませんが,もっと踏み込んで物語の定義をみていきましょう.

高田(2020)は,構造主義的文学研究で知られるトドロフが,『言語理論小辞典』で示した「ストーリーがもたなければならない構成要素」を,次のように整理しています.

「最小の物語」とは,(1)属性付与,(2)行為の記述,(3)属性付与の三つの段階を有するものをいう.これは,(1)ある属性を持つ主人公が存在し,(2)その主人公が何らかの行為を行い,(3)その行為の帰結として新しい属性を得る,という3段階である.つまり以下の三つの要素を考えることができる.

(1) 初期状態
(2) 手段・方法
(3) 帰結状態(目的状態)
[高田(2020) p.123]

物語はこれらの構成要素があることで成立するそうです.

物語の分析の仕方

続いては,「物語」の分析の仕方を3つご紹介します.

1. 物語構造分析 (文学など)

まずは,物語のテキストそのものを分析する「物語構造分析」という手法について紹介します.

「物語構造分析」とは,構造主義分析によって物語を分析することを言います.
【参考】構造主義とは? リベラルアーツガイド(Accessed 2021-11-26)

高田ら(2019)はコミック『進撃の巨人』第1巻をシーケンス分析という手法で以下のように分析しました.ここで,シーケンスとは物語のストーリーの流れの事をいい,さらに物語のストーリーが提示する内容のまとまり(枠組み)の事をスキーマといいます.

表1で,分析表の上の見出し部分のうち,下段は表層(ストーリーとして観察可能な要素)を示し,上段は,その「意味」もしくは解釈を示しています.

表1:『進撃の巨人』のシーケンス分析

図表出典:高田(2020) p.126


高田らはこの分析表から,このコミックのスキーマの対立関係として「信頼↔︎疑念」「希望↔︎絶望」「影↔︎自己」を抽出し,この物語の主旋律を「疑念」と「絶望」であるとしています.

巨人の力はあまりにも圧倒的で,勝てる見込みはほとんどなく,登場人物たちは,みな「絶望」の中に生きています.「壁」は,信頼の象徴であるとともに,圧倒的な閉塞感の象徴でもあります.[高田ら(2019) p.65]

抽出したスキーマの対立関係は,図1のようにまとめられます.



『進撃の巨人』のもつ訴求力(物語を読んだ相手の意欲に働きかける力)は,「絶望にどう立ち向かうか」を読者が登場人物に感情移入しながら,読者自身の価値観や信念が揺れ動くことによって高められていきます.

『進撃の巨人』作者の諫山創さんが影響を受けたと明言している作品「マブラヴ・オルタネイティブ」と『進撃の巨人』を比較して分析してみると面白いかもしれませんね.

2. 物語説得 (心理学など)

さて,先ほどはテキストが持つ「訴求力」について,研究を紹介しましたが,「本当に人間は物語に動かされるの?」「すごい分析だけど実証がないじゃん」などという疑問を抱いた方もいると思います.

続いては,物語の効果を実際に人に対して実験するような研究,心理学などの「物語説得」という分野についてサーベイした論文を紹介します.

「物語説得(narrative persuasion)」とは「物語形式の情報を処理させることを通じて相手の態度に働きかけるような影響過程」[小森(2016) p.192]をいいます.

小森(2016)は「物語説得」研究について,物語で生じる態度変化を思考ルートと感情ルートに分け,それぞれのプロセスを検討した実証研究を整理した「物語説得プロセスの統合モデル」を提示しました.

心理学等の実験研究は,被験者のサンプルに制限があるため,あくまで実験内で得られた限られた結果ではあるのですが,人に対する実際の結果で得られた知見には他では得難いものがあり,敬意を表します.


図2:小森による物語説得プロセスの統合モデル
図出典:小森(2016) p.192




3. その他(機械学習など)

ここで,趣向を変えて工学の研究を紹介します.

Reaganら(2016)は1385本の英語のフィクション小説の感情曲線を機械学習させ,物語のテキストを分析して,「この文章にはどのような感情を想起させる力があるのか」のパターンがたった6つしかないことを示しました(図3).

物語を読むことによる感情の変化をメタ的に見れば,物語にはたった6つのパターンしかないというこの研究は,発表当時大変インパクトのあるものとして話題になったそうです.




不安につけ入る物語,そしてプロパガンダ

・「なんでみんなが同じ不安を感じているの?」

世の中には不安があふれています.

しかし,なぜ私たちは不安なのかと,立ち止まって考えたことはあるでしょうか?

その不安のうち,私たちに現実に関係のある不安はどれほどあるでしょうか?

伊藤(2015)は「不安」とニュースの機能について,アメリカの社会学者アルセイドの言葉を引用し,「あらゆる歴史を通じて,不安の促進とそれに付随する『不安の解消』は社会的制御の主要な要素」であるとし,不安の調整はひとつの政治的プロセスでもあるとしています.

しばしば,私たちは不安を(意識せずに)ニュースやテレビから受け取っています.

自分に本来全く無関係なはずの殺人事件のニュースに「何考えてこんな事件起こしてるの?」と不特定多数の人が不安になるのは,そのような構造をニュースが有しているからとも言われています.

このような不安を生じさせる物語のプロセスを利用したものとして,次に「プロパガンダ」についての事例を紹介しましょう.

・プロパガンダポスターの分析

土田(2007)は,第一次世界大戦中のアメリカのプロパガンダポスターをポスターの提示の仕方,内容(色使い,何が描かれているか)などを当時の社会背景も含め分析しました.土田によると,プロパガンダポスターはそれまでの商用ポスターで培われた技術を利用し,大戦の途中から参戦したアメリカの国民に戦争に協力するように説得するような機能を有しているそうです.

例として,下の図4のポスターを見てみましょう.


図4:「あなたはどちら側?」と問いかける第一次世界大戦中のアメリカのポスター(ENLIST)
画像出典:akg-images




あなたはこのポスターを見てどんなこと感じましたか?

もし,ポスターに描かれた星条旗🇺🇸が,日章旗🇯🇵だとしたら,どんな事を思うでしょうか?

土田は,図4のポスターが有する機能として,人々に「疑問」を生じさせる事だと以下のように分析しています.

「疑問」とは、メッセージが疑問文の形で提示され、見る者に何らかの回答を要求する場合である。(中略) 通常街頭でポスターを目にする際は通りすがりに何気なく目にする程度で、印象に残る程度は比較的低いが、ポスターの中から命令され、問いかけられる場合にはそのポスターとは無関係ではいられなくなる。見る者を強制的にポスターの世界に誘導し、何らかの反応をせざるを得ない状況に置く効果がある。
「ENLIST」(引用註:図4)では星条旗をはためかせ日差しの中を行進する軍隊を、日陰になっている室内の窓辺から見つめる正装の男性を描き、「志願せよ」というキャッチ・コピーに 「あなたはどちら側?」というサブ・キャッチを付けている。屋内から窓外の様子を伺う男性が感じている戸惑いが、胸に当てられた右手によって示されている。部屋の中には男性一人しか描かれていない。メッセージによって問いかけることで、 自分だけが安全な建物の中で何もせずにいることに疑問を持たせ、更には罪悪感までも持たせる効果がある。 自分の考え方や行動の是非を問うこのようなメッセージ形式は、見る者を少なからず動揺させ、不安要素を与えることにもなる。屋内に作り出されている影が、この不安の感情を増幅させている。 [土田(2007) p.105,強調は引用者]

このように,物語は時に「不安」を各個人に強制的に想起させ,時に「このままの自分でいいのか?」と疑問をもたせ,誰かにとって望ましいように人々を動かすことに使われてしまうことがあります.

これは戦争中の特殊な話ではなく,私たちの身近な物語の中にも潜んでいます.

「もっと自分は痩せなきゃ」「早く結婚しなきゃ」「早くワクチンを打たなきゃ」という不安は,実はそのようにすることで得をする「誰か」から供給された「物語」によって植え付けられた不安かもしれません.

おわりに 〜君の知らない物語〜

ここまで,物語についてのいくつかの研究を紹介してきました.

私たちは,日々誰かの物語に囲まれて生活しています.

その中で いったい何が見えなくされているのか?

私たちが知らないうちに受け入れている,あるいはいつの間にか排除している「物語」とはどのようなものか,時々立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか?

例えば,あなたが使う「私たち」と言う言葉の中に, 誰が含まれていて,誰が含まれていないのか... ?





文責:橋山研究室 松原 弘明
ご意見等:h.matsubara[あっとまーく]uec.ac.jp

参考文献

  • 伊藤守,岡井崇之『ニュース空間の社会学 不安と危機をめぐる現代メディア論』, 世界思想社, 2015.

  • 小森めぐみ「物語はいかにして心を動かすのか : 物語説得研究の現状と態度変化プロセス」Japanese Psychological Review,Vol. 59, No. 2, p.191–213, 2016.

  • 高田明典「物語の訴求構造分析の理論と手法及び応用事例」, 電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティ Fundamentals Review, 14巻, 2号, p.118-137, 2020.

  • 高田明典, 竹野真帆, 津久井めぐみ『物語の力 物語の内容分析と表現分析』, 大学教育出版, 2019.

  • 土田泰子「第一次世界大戦期における米国プロパガンダ・ポスター研究 -その説得の心理過程とレトリックおよび社会的文脈についての考察-」, 新潟大学博士(学術)学位論文, 2007.

  • Andrew J. Reagan, Lewis Mitchell, Dilan Kiley, Christopher M. Danforth, Peter Sheridan Dodds, The emotional arcs of stories are dominated by six basic shapes, EPJ Data Science, 2016.

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